魔女側の主要キャラクターの正体を記しました。
・エリカ→ 愛のない真実を受け入れた戦人です。事件当時のことを、推理によって知りえる愛のない真実を受け入れた時、つまりはエリカが勝った時、その記憶は十八によって拒否されます。その戦人の心の葛藤が、エリカ対戦人の戦いで描写されます。また、EP6で語られる、浮気されたというエリカの過去は、紗音と譲治のことを指すものです。6年前の約束を破ったのは紗音の方だと思ったのです。すれ違いですね。要するに、愛のない事実を真実だと認めてしまうと(金目当ての親族会議、霧江と留弗夫の凶行、紗音の裏切り、明日夢が母でない事実、etc)戦人はエリカのような歪んだ性格になるのです。それを十八は受け入れられないということです。
また、 自分は探偵であるとの自己主張は、ノックス十戒にある通り、殺人は犯さないとの主張です(事件当時、戦人は殺人を犯していないということを示唆しているのでしょう)。
ただ、EP5のエリカは戦人でないと説明しづらい記述と同時に、紗音でないと説明不可能な記述も存在します。もしEP5のエリカが紗音だとすると、碑文を解くくだりは、金と爆弾の存在を戦人に教え、夏妃に恨みのある者同士、これを使って共に夏妃に復讐する計画を立てましょう、という意味になります。
また、EP6の探偵宣言を出さないと言ったシーンからのエリカは、霧江です。霧江でないと間違いなくEP6は説明できません。探偵エリカ=紗音、探偵でないエリカ=霧江、真実の魔女エリカ=戦人、というのが私の解釈ですが、これが全ての名は、本人以外には名乗れないという赤字に抵触してしまうのかどうなのか、ちょっと自信がありません。抵触しないはずだ、と突っぱねるしかないかなと思っている次第です。
・ベルン→ 縁寿が、EP8でベルンに導かれて真実を手にし、それに耐えられなくなって自殺して挽き肉になってしまった後、縁寿だった記憶を無くした魔女です。そのため、また縁寿を陥れるというスタートとゴールがつながった、無限連鎖のロジックエラー地獄にとらわれてしまいました。故に、EP8のお茶会以外のベルンは、ロジックエラーから脱出できていない状態です。まだその地獄の中にとらわれているのです。EP8で縁寿が自殺しない未来を勝ち得た瞬間、奇跡の魔女となり、脱出するのです。なのでEP8のお茶会のベルンは、歪んだ性格がちょっと治ってます。
・フェザリーヌ→ 八城十八、八城幾子そのものではありません。縁寿がネット偽書作家として知る八城十八という存在を、世間が神格化して崇めた存在です。縁寿にとってその存在は、自身に事件の真実のヒントを促してくれる存在であり、結局はそのどの偽書を読んでも自殺を止められず、果ては絵羽の手記を発見させ、それが真実と太鼓判を押してしまうことで縁寿に自殺を決意させてしまうという、弄ばれた想いを抱いてしまう存在なのです。それがベルンがアウアウに抱く想いそのものです。
また、事件の真相をなぜだか知っていると縁寿は捉えていて、事件の関係者だとは推理しないため、EP6,7のような、全てを知っているのかまだ知らないことがあるのか、あやふやな立場をとる存在として描写されます。
・ラムダ→ メッセージボトルや偽書を記した真里亜です。もちろんそれを記したのは真里亜ではないのですが、メッセージボトルに宿った神的存在とでもいいましょうか。EP1~4までに込められた、幾子の絶対に勝つ、絶対に戦人と結ばれてみせる、という意思が具現化した存在です。しかし、一人称は真里亜であるというアイデンティティーを持っているため、縁寿に読ませ続けたい、縁寿と永遠に遊んでいたい、という自らの意思も混在しています(勝敗が決してしまったら、メッセージボトルの存在意義がなくなるため、縁寿は読んでくれないからです。そのため、ベアトのゲームは永遠の引き分けを狙っています)。
EP4の終盤、戦人がベアトに消されてから偽書の執筆はストップします。その後数十年間に亘り放置されるため、この間のラムダは、本来の存在意義をなくした存在、ロジックエラーにとらわれている状態となってしまいました。
また、余談ですが、EP8のラムダは母体が絵羽の遺品であるため、一人称が絵羽であるというアイデンティティーを持っている可能性があります(ラムダはメッセージボトルに宿る神ではなく、原文に宿る神であるという推測ですね)。これが正しいなら、EP8のラムダvsベルンは、真里亜vs縁寿ではなく、絵羽vs縁寿と置き換えることが正しい見方なのかもしれません。その視点であの対決を俯瞰すると、ちょっと面白いですね。
コメントをお書きください