たまにはね
舞台は昭和５８年の６月。
この年、梨花には排除すべきターゲットが定まっていました。ひとりは鉄平。前年に取り逃してしまった鉄平は、まだ興宮付近で過ごしていました。また沙都子のもとに舞い戻ってくる可能性があった。それだけはなんとしても防がなくてはならない。
そこで梨花が目を付けたのが、愛人の間宮リナでした。
間宮リナの行動原理は、常にお金です。 合法非合法も関係なく、大金を手にするためなら手段を選ばない。さらに、その手段の妥当性を吟味する頭すら持ち合わせていない。
なんと都合の良い人物でしょう。もし彼女が大金を手にするための策略を得たとして、彼女はそれが失敗することなんか怖がらず、必ず実行してしまいます。さらにこの人物の愛人たる、こちらも頭の弱い鉄平は、間宮リナの策に当然乗っかるわけです。
そして、共に破綻する。
それが梨花の狙いだった。
間宮リナが得ていた、大金を手にする策は２つありましたね。園崎の上納金を強奪すること。レナの父親から搾り取ること。そう、この２つの策は、梨花がリナと鉄平に実行させるよう誘導したものだったのです。
園崎の上納金強奪計画は、破綻するのが目に見えています。園崎家は絶対に彼女らを逃しはしない。鉄平は、園崎家によって抹殺されます。レナの父親からの搾取計画は、結果が罪滅し編で示されていますね。鉄平は、レナによって抹殺されます。
まさにこれが狙いです。梨花は、園崎家かレナによって殺されるための策を間宮リナに思いつかせるよう誘導した。それにより、人知れず鉄平に死んでもらいたかったのです。
これを踏まえて。
鬼隠し編において発動したのは、２つ目の計画の方。リナと鉄平は、レナパパから搾取する策略を実行していた。だから鉄平は、レナによって殺された。これで梨花と沙都子の生活を脅かす者は誰一人いなくなった。５年前からの計画のすべてが成就した。これが、梨花にとっての鬼隠し編です。
これを実現するために、梨花はレナに、薬物を盛ったのです。やり方はこれまでの方法とまったく同じです。盛ったのは抗うつ薬。セイヨウオトギリソウあたりです。そして、綿流し前日か当日辺りにカートを盛った。
そして、これまでと違う特筆すべきことは、梨花は事件後に薬物を盛り続ける必要がなかったことです。レナは優秀だった。人を、敵を、欺く才能があった。だから、事件にならない事件を起こせたため、警察がレナに辿り着くことはないだろうと、梨花は判断した。よって、入江機関にお世話にならずともよかった。入江機関の患者になってもらう必要がなかったのです。さすレナ。
レナに薬物を盛る方法はカンタンです。昼休みのお弁当タイム。お弁当はシェアするのが彼らの日常。だから梨花は、自分が作ったお弁当に盛るだけでよかった。それを口にした者すべてが、抗うつ薬の影響を受けることになる。レナはそれを摂取させられたことにより、梨花の思うがままに行動させられてしまったのです。
罪滅し編
レナ「富竹さんを死に導いた何かを、私もいつの間にか服毒させられてるみたいなの。…注射なんて物騒な方法じゃない。……多分、それは弁当のおかずに混ぜられてたの。覚えてる？先日、魅ぃちゃんが卵焼きを１人１個ずつ分けてくれたよね？あの時にやられたんだと思う。……遅効性なところがうまいよね…。くそ…！！」
やっぱり名探偵ですね。犯人、フーダニットこそ間違えてますが、方法、ハウダニットは合ってます。
そして、だからこそ圭一もまた、この抗うつ薬を知らずに摂取してしまっていた。影響を受けてしまったのです。圭一は、大石という外圧がかかったことにより、本格的にうつの症状を発症しだしてしまった。これは梨花が望んだことではなかった。鬼隠し編の表向き中心となっている圭一の物語は、梨花にとってはあくまで副次的な現象、副作用だったのです。
だから梨花は、圭一には治ってもらいたかった。レナにも。レナたちに盛っていた薬物は、鉄平の排除が完了した時点でストップさせた。でもレナは特にそういった薬物の耐性が弱い体だったため、副作用が進行していた。鬼隠し編のレナと圭一は、梨花が盛った薬物を中断した副作用でおかしくなっていった物語だったのです。
（抜粋）
抗うつ薬中断症候群（こううつやくちゅうだんしょうこうぐん、 Antidepressant discontinuation syndrome）とは、抗うつ薬の断薬や服用量の減量に続いて生じてくる一連の症状である[1]。
この症状は、[8]めまい、電撃の感覚、発汗、吐き気、不眠、振戦、混乱、悪夢、めまいなどを共通として、多種多様に表現されるが、因果関係は分かっていない。[7][8]MedDRAにてこの症例の記載は薬物有害反応レポートであり、知覚異常とされている。[9][10]
離脱症状は、動揺、不安、アカシジア、パニック発作、短気、敵意、攻撃性、気分の悪化、神経不安、泣きまたは情緒不安定、活動過多または活動亢進、離人症、集中力の低下、思考速度の低下、混乱と記憶及び集中の困難でもあった。
（抜粋）
抗うつ薬を急に中止（断薬）すると、一気に脳内セロトニン濃度が下がって、離脱反応が生じることがあります。
一般的に、中断２日前後に始まり、１週間程度続き、その症状は次のように多彩です。⑥気分の変動、焦燥不安感、イライラ、困惑などの精神症状
⑦電気ショックを受けたような異常感覚や耳鳴り、音への敏感さなど感覚の変化
梨花は、ふたりに治ってもらうために、入江が開発したＣ系の薬を皮下投与する必要がでてきた。詳細は、レナの暗躍で示していただきました。レナに渡すことにした。これで圭一とレナに投与させ、治療したかったのです。
しかし梨花は、その努力に限界を感じることになりました。圭一が、悟史のバットを持ち出したことです。悟史と同じ状態にまで悪化していることを理解した梨花は、もうだめだと思った。その暴力が沙都子に向かう前に、圭一を排除するしかないと思うに至った。
そこで、レナにカートを盛ることにしたのです。
鬼隠し編の最終日のレナが、ナタを持って圭一を追い回していましたね。しかも妙な高笑いを続けながら。これが、梨花がカート（アンフェタミン）を盛った証左。覚せい剤のハイテンション的な状態に、レナはさせられてしまったのです。そしてそのまま、圭一を始末してもらいたかった。圭一が死んでも、レナが捕まっても、もう構わなかった。沙都子を守れるなら、そこは梨花にとっては優先順位が低かった。妥協点だったのです。
Frederica Bernkastel ー 詩 皆殺し編
誰だって幸せに過ごす権利がある。
難しいのはその享受。
誰だって幸せに過ごす権利がある。
難しいのはその履行。
私にだって幸せに過ごす権利がある。
難しいのはその妥協。
ひぐらしで、一番好きな詩。
梨花は、享受できず、履行し、妥協したのです。
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