祟殺し編。
この物語は、梨花にとって最悪のケースが起こったことを示すものです。梨花が鉄平の排除のために用意した2つの策略。そのどちらをもすり抜けて、沙都子のもとに帰ってきてしまった、そういう話なのです。
しかしそれでも、梨花はこの最悪のケースも想定していた。起こってほしくないが、起こってしまったからもうどうしょうもない、とはしたくなかった。そのために、やはり他の物語と同じく、弁当に抗うつ薬を盛っていた。目的は鉄平の殺害。部活メンバーの誰かが、鉄平に殺意を抱き、それを実行させたかったのです。
この網に引っかかったのが、圭一です。
圭一が陥った状態、それは、抗うつ薬による、賦活症候群かと思われます。
(抜粋)
賦活症候群(ふかつしょうこうぐん、またはアクチベーション・シンドローム、英: Activation Syndrome)は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などの抗うつ薬の副作用の一種で、中枢神経刺激症状の総称である。
主にSSRIやセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の投与初期(特に2週間以内)や増量期に起こりやすいと言われている。不安、焦燥、不眠、敵意、衝動性、易刺激性、アカシジア、パニック発作、軽躁、躁状態などを呈し[1]、悪化するとリストカットなどの自傷や、自殺行為に至ることもあり危険である。生物学的な作用機序は不明であるが、症状が出たら薬剤の中止や減量、抗不安薬や抗精神病薬の投与が有効とされている[2]。
慎重投与を要する患者は以下の通りである。
衝動性が高い併存障害を有する患者
この賦活症候群は、若年層にかかりやすい症状です。抗うつ薬の初期症状として、その効果が強く影響してしまった場合に、攻撃的になり精神症状を増悪させる場合があるようです。
梨花は、抗うつ薬にこのような側面があることを理解していた。だから祟殺し編以外の物語では、抗うつ薬の投与を緩やかに行っていたのでしょう。効果が効きすぎて賦活症候群が起きないように。
一方祟殺し編においては、その逆を行った。抗うつ薬の投与を、最大限に増量したのです。若者の精神に悪影響がでるほどに。賦活症候群を引き出すために。
これが描写されているのが、圭一とレナの口喧嘩です。圭一は魅音に対して、めちゃくちゃ暴言を吐いていますね。精神が昂らせられてしまったため、感情に歯止めが効かない状態です。
一方で、レナも同じなのです。
圭一に対して戒めの言葉を放ったレナもまた、その興奮を隠しきれていません。目明し編においての、悟史と沙都子と詩音が喧嘩したときの仲裁だったり、他にもいろいろレナは、冷静に場を収める力量を持ち合わせていることが伺えますが、にもかかわらずこの祟殺し編においてのレナは、ただ自分の怒りを圭一にぶつけるだけになっています。場が収まったのは、結果論です。本来の冷静なレナのやり方とはかけ離れてることが明白ですよね。このような状態に、圭一もレナも、させられてしまっていたのです。
そしてその状態を何日も続けることで、短絡的な結論に導きたかった。鉄平殺せばいいんだろ、と。それが梨花の狙いだったのです。
さらに、今度こそ鉄平を逃がすわけにもいかなかった。部活メンバーの誰かが事を起こす前に、また雛見沢から逃げ出されてしまっては、またいつ沙都子が危険な状態になるかわかったもんじゃない。ここで確実に息の根を止める必要があった。そこで、鉄平が逃げられないようにする策も、梨花は用意していたのです。
TIPS 鬱積と通帳
だが実際には沙都子は無一文だった。今までどうやって生活してきたのかと聞くと、同居してた友人に世話になっていたので、自分はお金が必要なかったと返事が返ってきた。鉄平の妻、つまり沙都子の叔母は、事故で死んだ沙都子の両親からかなりの金の入った預金通帳を奪っているはずだった。……となれば、通帳はどこに?
……実は、この頃には鉄平は沙都子を持て余し始めていた。まとまった金が手に入ったら、どこか別の土地へ行くのも悪くないと思い始めていた。せめてそれだけでも見つけてから出て行ってやろうと鉄平は考えていた……。
鉄平が欲したのはまとまった金。沙都子の両親が遺した通帳。それさえ手に入れれば、鉄平はそのうち出ていくだろうことを、梨花は読み切っていたのです。
だから、その通帳を隠したのは、もちろん梨花となるわけです。鉄平にこの家から出ていかせないために。うちの部活メンバーの誰かに殺されるまで、もう絶対に逃さないために。 たとえ、鉄平が少し長く居座ってしまうことで、沙都子のつらい状況が長引いてしまったとしても。もう二度とこんなことが起きないという確約を得るために、鉄平を確実に殺すことのほうがより沙都子のためになるのだと、歯を食いしばって耐えたのです。
そして、梨花の思惑通り、圭一が鉄平を殺害してくれました。
圭一はその後、殺したはずの鉄平が生きているかのような錯覚を覚えてしまうことになります。これは、さまざまなすれ違いにより起こってしまったことです。
祟殺し編
沙都子「あいつがいついなくなったって言うんですの?!」
圭一「だって…昨日、あいつは…帰ってこなかったろ…?」
沙都子「昨日だって…私にいっぱい意地悪して…!!怒鳴って!わめいて!!当り散らして!!作ったご飯を投げられた!!お味噌汁もひっくり返された!!熱かった!!汚かった!!そしてお掃除も私がした!!私が!!私がッ!!!」
昨日行われた鉄平の悪事は、沙都子がお祭りに行く前のことだったとしてもまったく矛盾がありません。
沙都子「今朝だって……朝ご飯の時は起こせって言われたから起こしたのに…、…怒られた!!起こさなかったらまた怒るのに、起こしても怒られた…!!」
起こそうとしたら怒られたって言ってるんですから、起こすんじゃねえって怒ったと考えるのが自然ですね。となれば、叔父は起床してこなかったと考えても矛盾はないわけですね。
沙都子は、襖越しに鉄平に起床の合図を送った。にもかかわらず、襖の奥から怒鳴り声が聞こえた。起こすんじゃねえと。だから沙都子はそのまま放置した、という状況なのではないでしょうか。つまり沙都子は、朝、叔父の顔を見ていないということを示しているのではないでしょうか。
あるいは、実際に顔を見ていてもその人を鉄平と勘違いした可能性すらありますよね。校長を鉄平と勘違いした伏線だってあるのですから。朝に癇癪を一発飛ばすだけで、沙都子は以後その人物をなにがあっても鉄平だと思いこんだまま接してくれる。この現象を利用できたのかもしれません。
その襖の奥にいたのは、鉄平ではなかった。鉄平のふりをした、義郎おじさん(あるいは葛西)あたりだったのではないでしょうか。
魅音は、悟史がやった(と思い込んでいる)4年目の祟りを反省し、圭一のアリバイ作りを行いました。それこそ破綻しないように、各方面にわたって手回しをした。さらに、鉄平の失踪時刻までずらせなら、仮に圭一のアリバイが崩れたとしても、圭一の犯行を特定できないのではないか。だから魅音は、義郎おじさんにその旨を説明し、手伝ってもらった。叔父は昨日の朝まで生きていたということが事実になるように、細工を試みたのです。
沙都子の状態からは、沙都子にそれを頼むことは不可能であると分かります。だから沙都子にも、叔父がまだ生きていることを勘違いさせることにした。そうした状態から発せられる沙都子の証言は、絶対に真実と認定される。叔父が祭りの日の翌日も生きていたと、警察機構にも思い込ませたかったのです。そのための、声による演技だったのではないでしょうか。
レナ「沙都子ちゃんが、叔父さんが居るって言ってるんだから、居る。ちゃんと昨日も居たし今朝も居る。そうならそうで、いいんじゃないかな。かな」
レナもこの演技の協力者です。
圭一「…あぁ…ちゃんと行くよ。……何なら明日、病院のレシートを持って行ってもいい…」
レナ「…あ、それいいね。必ずもらっておいてね。レナ、明日見るから」
だからこそ、このようなセリフになった。病院のレシートは、そのとき圭一が病院にいたことを示す確たる証拠。この時間を鉄平の失踪時刻に再設定することで、圭一のアリバイを作ることができる。レナには一瞬でそのプランが見えたから、圭一のために病院のレシートをもらうよう念を押したのです。
圭一が沙都子の家に侵入したときに見た干からびた食事も、圭一は前日の夕食だと推測しました。だから前日の夕方までは叔父は生きていたと思い込んでしまったわけですが、それが前日の朝食だったとしても特段問題ないわけですね。沙都子の料理の感性からして、絶対に朝食には出てこない食材が並んでいたという描写は、一切ありませんから。となれば、沙都子が学校に行く前に用意した朝食が、そのままになっているって解釈で問題ないはずです。
義郎おじさんは、沙都子が学校に行った後、机に並べられた食事をひっくり返した。そうして、沙都子が帰宅後も、鉄平がまだ生きていることを演出したかったのです。
あと、叔父の死体を掘り返したのはたぶん山狗です。R宅につながる導線上にて行われた圭一の行為は、山狗にとって都合が悪かった。細工の作業中に職質とかされたくないし、作業場の近くで殺人現場として封鎖され、警察官にそこで何日も現場検証されることが邪魔でしょうがなかった。だから掘り返して別の場所に移動させたってことなんじゃないでしょうか。
山狗は、圭一の犯行を知っていた。その理由は、同じ展開をみせた皆殺し編を俯瞰すれば明らかです。
皆殺し編において、梨花は山狗に鉄平の殺害を依頼しました。断られたものの、正式にではありません。鷹野は、警察がマークしてるから難しそうだって言っただけです。それを聞いた梨花はめっちゃキレちゃいましたから、鷹野としては、無理しなくていいけど可能ならば梨花の願いを聞いてやるように山狗に言いつけた可能性は、ありえてもおかしくないと思います。この展開が当然祟殺し編でも起きた。梨花は、鉄平殺害の依頼を祟殺し編でも行っていたのではないでしょうか。
祟殺し編の圭一が鉄平を外に呼び出したとき、警察の監視が外れた可能性が高いです。なぜなら、祟殺し編でもリナ殺しの関係者たる鉄平の存在を、大石はすでに把握していたからです。ならば鉄平は確実に警察の監視下にあったはず。にもかかわらず、圭一に現行犯の縄をかけることができませんでした。これは、警察が鉄平の外出後に鉄平を見失ったことを意味しているとしか考えられないのです。
ならば、鉄平を監視していただろうもうひとつの存在、山狗は、尾行なしと判断し、鉄平の追尾を行えた。圭一の犯行を目撃できるのです。だから圭一が鉄平を埋めた場所を把握していた。掘り返せるのです。
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